「事務職は約440万人余る」は経産省の条件つき2040年推計で、内閣府白書が示す現状とは分けて読む
経産省の2040年推計は事務職の余剰を約440万人(表は437万人)と示すが、十分な国内投資や産業構造転換が実現する場合の条件つきの値だ。内閣府の令和8年度経済財政白書によると、事務従事者の賃金上昇率は直近3年で職種の大分類のなかで最も高い。仮定と実測を分けて読む。
「事務職は約440万人余る」。経済産業省の2040年の推計として、よく引かれる数字である。ただし原資料を開くと、この数字には条件が付いている。
本記事の主張は次のとおりである。約440万人は、2040年に国内投資と産業構造の転換が実現する場合を仮定した条件つきの推計であり、足元の賃金などの実測とは別の層にある。条件と切り離して読まず、現状のデータとも一本の線でつながず、内閣府の経済財政白書(毎年公表される日本経済の報告書)が賃金の先行きについて結論を留保している範囲に判断を置くのが妥当だ。
本記事は、四つの問いを順にたどる。どんな条件が付いているのか。その条件は、具体的にはどんな経済を指すのか。「余る」とは何を数えた言葉なのか。そして、現状はどうなっているのか。読み終えたとき、読者はこの数字を条件と一緒に説明できる。数字は2026年10月13日時点の原資料による。
「約440万人余る」には、条件が付いている
経産省の「2040年の就業構造推計(改訂版)」は、表紙が2026年3月付の資料である(第30回部会の参考資料)。概要のページは、次の条件から書き出す。「2040年に十分な国内投資や産業構造転換が実現する場合」。
この条件のもとで、資料はまず全体像を述べる。人口減少で就業者数は約6700万人(2022年)から約6300万人になるが、AI・ロボット等の利活用やリスキリング(職業能力の学び直し)等によって、「全体で大きな不足は生じない」。そのうえで、職種のあいだに需給ミスマッチ(職種ごとの需要と供給の差)が生じるリスクを挙げる。事務職(職業分類では事務従事者)は約440万人が余剰となり、AI・ロボット等の利活用を担う人材(約340万人)を含む専門職や、現場人材(約260万人)は不足する可能性がある、という内容だ。
原文には、三つの要素がそろっている。条件があること。「可能性」と書かれていること。事務職の余剰が、別の職種の不足と一組で示されていること。「事務職は約440万人余る」と短く言い切ると、三つとも落ちる。なお、表に印字された実数は437万人で、約440万人はその丸めである。
この数字を読む入口は、条件にある。では、その条件とは何か。
その条件は、国内投資と賃上げが続き、産業構造が変わった2040年を指す
資料の注は、前提を一つ挙げる。2025年6月に産業構造審議会の経済産業政策新機軸部会がまとめた第4次中間整理の「新機軸ケース」である。
第4次中間整理は、2040年の経済を二つのケースで描く。一つは「国内投資・賃上げを継続した場合」の新機軸ケース、もう一つは、過去30年と同じ程度に「国内投資・賃上げが停滞した場合」のベースケースだ。就業構造推計が前提に置くのは前者である。では、新機軸ケースは具体的にどんな経済なのか。資料から拾うと、次の三つになる。
- 国内投資が年4%ずつ伸びる:名目で年+4%、2040年度に200兆円。経団連の会長が官民連携のフォーラムで表明し、官民の目標になった民間設備投資の額で、第4次中間整理はこれを「野心的な目標」と書く。同じ文書によると、2024年度の民間設備投資は108兆円で、30年ぶりに過去最高を更新した水準である
- 産業構造が転換する:GX(脱炭素化)やDX(デジタル化)で高付加価値化する「製造業X」、新たな付加価値を生む情報通信業・専門サービス業、省力化設備・サービスを使いこなす「アドバンスト・エッセンシャルサービス業」の三つを軸に、いずれも賃上げを伴う将来像が描かれている
- AI・ロボットの活用とリスキリングが進む:推計は、AI・ロボットの活用促進や、リスキリング等による労働の質の向上について、「一定程度進んだ影響を加味」する
この前提を置くと、2040年までのGDP成長率は名目+3.1%(実質+1.7%)になる。厚生労働省のサイトに掲載された経産省の資料(2026年6月付)は、対になるベースケース(積極的な産業政策がない場合)の値も並べており、そちらは国内投資の伸びが0.7%、GDP成長率が名目+0.5%(実質+0.1%)である。
そして、事務職の437万人という数字が示されているのは、新機軸ケースについてだけだ。ベースケースでのミスマッチの値は、どちらの資料にも載っていない。
条件を言い直すと、目標どおりに投資が伸び、産業の姿が変わり、AIの活用も進んだ場合、ということになる。約440万人は、その場合の2040年を描いた数字である。次に、「余る」という言葉が何を数えているのかを確かめる。
「余る」とは需要と供給の差のことで、失業者の人数ではない
資料の試算方法によると、この数字は二つの見積もりの差である。2040年の労働需要は、産業別の就業者数を、就業構造基本調査(総務省が職業や産業別の就業者数を調べる統計)の過去のトレンドで職種に分け、職種ごとのAI・ロボットによる自動化の可能性を加味して出す。労働供給は、将来の人口と就業率の推計から就業者数を出し、同じ調査の過去のトレンドで職種に分ける。経産省は「両者の差分を需給ミスマッチとして算出」している。事務職は需要が1,039万人、供給が1,476万人で、その差が437万人になる。
自動化の可能性を加味すると書かれているのは、需要の側だけである。差が失業になるのか、職種のあいだの移動で埋まるのかという見通しは、資料に書かれていない。経産省の改訂版にも、厚労省のサイトに掲載された資料にも、「失業」という語は一度も出てこない。資料自身が、この数字を「需給ミスマッチが生じるリスク」と呼んでいる。
数字は版によっても動く。同じ省が2025年6月に公表した初版の参考資料集の表では、事務の差は214万人だった(需要1,166万人、供給1,380万人)。改訂版の注は、地域ごとの人口動態・産業構造の過去トレンドの反映、AI・ロボット等の効果の職種ごとの精査、学歴分類の細分化という三つの見直しを挙げるが、事務の値が変わった理由は説明していない。
「余る」は、条件つきで見積もった需要と、過去のトレンドで置いた供給との差を指す言葉で、仕事を失う人の数を数えたものではない。ここまでが2040年の話である。次に、すでに測られている現状のデータを見る。
現状では、事務職の賃金上昇率が直近3年で職種の大分類のなかで最も高い
現状を測った材料は、令和8年度の経済財政白書(正式名称は年次経済財政報告、2026年7月24日公表)の第2章第2節「労働需要の変化と求職・求人市場」にある。白書は、AI代替などで労働需要が減る職の賃金は一般に低下する傾向にあると考えられる、と前置きしたうえで問う。AI代替が進みやすい事務職の賃金は、他の職より伸びが弱いのか。
結果は、その見立てとは違っていた。厚生労働省の賃金構造基本統計調査(職種別などの賃金を調べる統計)で比べると、2022年から2025年にかけての賃金上昇率は、事務従事者が職種の大分類のあいだで最も高い。白書は、賃金水準でも管理的職業従事者、専門的・技術的職業従事者に次ぐ水準だとしたうえで、AI代替が進んでいることで賃金が押し下げられている傾向が現時点であるとは必ずしも言えない、と述べる。
企業の側には、変化の兆しがある。内閣府が2026年2月から3月に行った企業調査(3,058社が回答、回収率25.5%。設計は白書の付注)では、定型的な書類作成について、すでにAIに代替している企業から将来の代替を考えている企業までを含めて、7割程度がAIの利用を検討している。ただし、これは検討の意向を含む割合で、実際に代替が進んだ割合ではない。
求人の文面では、「AI」という語はまだ少数である。ハローワークと民間の求人広告サイト主要5媒体の求人(2025年3月第1週時点)のうち、仕事内容に「AI」という単語を含むものは0.25%(求人約400件中1件程度)だった。白書は、2020年以降に増加のペースが拡大していることがうかがえるとも書く。単語の有無を数えた値であり、AI人材への需要の大きさを直接示す数字ではない。
現状の事務職の賃金には、AI代替による押し下げの傾向が明確には表れていない。一方で企業は代替を検討しており、影響がないと読む根拠にもならない(企業のAI導入と成果は、厚労省と情報処理推進機構の統計を扱った記事で整理している)。では、条件つきの2040年と現状は、どうつながるのか。
条件つきの2040年と現状は別の数字で、白書は賃金の先行きを一つに決めていない
推計は前提を置いた計算で、賃金の統計は観測された値である。二つは、同じ事務職について別のものを測っている。並べると次のようになる。
| 経産省の推計 | 内閣府白書のデータ | |
|---|---|---|
| いつの話か | 2040年 | 2025年までの記録 |
| 何にもとづくか | 国内投資が年+4%で伸び、産業構造が転換し、AIの活用が進むという前提(新機軸ケース) | 実際に測られた値(賃金の統計と求人のデータ) |
| 示していること | 事務職の需要と供給の差が437万人(約440万人) | 事務従事者の賃金上昇率は直近3年で職種の大分類のなかで最高。集計対象の求人で「AI」を含むものは0.25% |
| この数字から言えないこと | 失業者の人数。前提が実現しない場合の姿 | 2025年より後の賃金。賃金が下がらなかった理由 |
経産省の列は改訂版の2・3・8ページ、白書の列は第2-2-8図と第2-2-16図から拾って並べた。計算は加えていない。白書も同じ節の中で、2040年に事務職人材が437万人余剰となる「試算もある」と、経産省の数字を試算として引いている。
賃金の先行きについて、白書は見方を一つに決めていない。賃金が押し下げられていない理由として、二つの経路を並べる。一つは、AIが単純作業に近い部分だけを担い、労働者がより生産性の高い業務に集中できて、賃金も上がる経路である。もう一つは、賃金が高い労働者の業務ほどAI代替の費用対効果が高いため、他の条件が変わらなければ、将来は賃金が相対的に下がっていく経路である。白書は「どちらの経路が正しいかは様々な議論があり、現時点では明らかではない」と書く。そのうえで節の結びでは、新技術の導入が「事務職、特に単純な事務作業を中心に労働需要を減少させると考えられる」とも述べている。
ここから、避けたい読み方が二つ出てくる。一つは「余剰は失業だ」という読み方である。「余る」の意味を確かめた節で見たとおり、437万人は需要と供給の差であって、失業者数の推計ではない。もう一つは「賃金が上がっているから安全だ」という読み方である。白書自身が、将来は賃金が相対的に下がっていく経路を残している。
条件つきの推計を現在の事実として読むことも、現状の賃金を将来の保証として読むことも、原資料の書き方を超える。白書が賃金の先行きについて留保した幅の中に判断を置くのが、資料に沿った読み方である。賃金を別の物差しで見たAIスキルの賃金プレミアムの記事や、海外のデータでAIによる雇用調整を扱った記事もあるが、測る対象が異なるため、本記事の数字とは並べない。
「約440万人」は、条件と一緒に読む
「事務職は約440万人余る」は、国内投資が年4%ずつ伸びて2040年度に200兆円になり、産業構造が転換し、AIの活用が進む場合の、需要と供給の差である。現状のデータでは、事務従事者の賃金上昇率は、直近3年で職種の大分類のなかで最も高い。二つは別の層の数字で、一本の線にはつながらない。
この数字に出会ったとき、確かめる点は三つある。どんな条件のもとの数字か。何と何の差か。現状のデータは何を示しているか。三つを添えれば、約440万人は条件つきの見通しとして読める。
今後を見る手がかりは、公表が続く統計にある。白書の賃金の図は賃金構造基本統計調査から作られており、同統計は職種ごとの賃金を年ごとに示す。事務従事者の賃金の伸びが他の職種との関係をどう保つかは、白書が留保した二つの経路のどちらが現れるかを見る材料になる。測り方で結論が変わる点は、AIの生産性効果の測定をめぐる解説でも扱っている。
別の国のデータで、同じ問いを確かめる
本記事は日本の政府資料だけを扱った。主に米国のデータでAI高曝露職の若者の雇用と、リスキリングへの期待値を整理した解説は別記事にある。
執筆
AI通信 編集部
AIが社会・ビジネス・日常へ浸透する構造を、官公庁・調査機関・一次論文のデータで追っています。速報より文脈、感覚より数字——変化の「なぜ」を理解することで、次の動きが読める記事を目指しています。
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